『アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓』★★★
『タンデム・ロード』★★★
『ラ・コシーナ 厨房』★★★
(満点は★★★★★)
6月はおかげさまで忙しく、ここまでに観ることができた試写は、僅かに3本。
それでもオンライン試写の案内は、公開より随分と前に届くので、6月分はあと1作品を残すのみ。どこかで時間を作って、早めに観たいと思っています。
さぁ、今週は3本です!
『アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓』は、アルメニアとアメリカの合作映画。
1915年からの数年間、オスマン帝国によるアルメニア人の大虐殺が行われましたが、幼かったチャーリーは奇跡的に難を逃れ、アメリカへと渡ります。
第二次世界大戦終了後、ソ連の統治下に置かれたアルメニア。スターリンが呼び掛けた祖国帰還運動に応える形で、故国に戻ったチャーリーでしたが、あろうことか、スパイ容疑で逮捕、監禁されてしまうんですね。
無罪を訴えても、どうにもならないことを知ったチャーリー。落胆する気持ちをなんとか奮い立たせようと、鉄格子の小さな窓の向こうを覗くと、幸せそうな夫婦の生活が見えるではありませんか。
チャーリーは夫婦の食事に合わせて食事をし、一緒に歌を歌い、あたかも同じ時間を共有しているかのように過ごし、ささやかな幸せを感じていたのです。
ところが、夫婦の仲が険悪になって、窓のカーテンが閉められてしまいした。
悪いことは重なるもので、チャーリーのシベリア行きが決まってしまったのです…。
ナチスに連行された男性が、収容所を怖がる息子のために、「これはゲームなんだ」と優しい嘘をつく、映画『ライフ・イズ・ビューティフル』を引き合いに出すコメントがありましたが、確かにそんな感じです。
究極の絶望に追いやられても、希望と、生きる楽しさと見出だそうと前を向くチャーリー。
実は、鉄格子の窓の向こうに暮らすのは、刑務所の監視台に立つ、見張り役のティグランという男。聞けば、もとは著名な画家でしたが、当局から絵を描くことを禁止されたのだとか。夫婦の揉め事も、想像するに彼の絵が原因のよう。チャーリーは、何とかふたりの仲を修復しようとします。
なんて人の心配よりも、シベリア送りが現実のものになったから、さぁ大変。チャーリーの運命やいかに…というお話。
監督・主演・脚本は、アルメニア系アメリカ人のマイケル・クールジャン。現実にあったであろう厳しい設定を、クスッとさせる笑いと人情でコーティング。なるほどのリアリティは、監督のアイデンティティーから生まれたんだなと納得させられる作品です。★3つ。
『アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓』公式サイト
『タンデム・ロード』は、ドキュメンタリーのロードムービー。
福島県出身のアユミ(長谷川亜由美)は、人と関わるのが苦手。ひとりで絵を描き、妄想にふけるタイプのインドア派が、東京の映像制作会社に就職。好きなアニメに没頭できると思ったのが甘く、いわゆるブラックな職場で、心がいっぱいいっぱいになってしまいます。
そんな時、パートナーのナメさん(滑川将人)が、彼女をバイク旅に誘うんですね。それも、世界一周バイクの旅!
映画は、427日間、30ヶ国、60,000kmの行程をギュギュッとまとめたドキュメンタリー・ロードムービーです。
アユミの故郷・福島を出発し、ロシア、モンゴル、ウクライナからヨーロッパに入り、北欧を回って、海を越えて南米へ。
完全なるぶっつけ本番旅ですから、当然命の危険を感じることもあったはず。でも、それを119分にまとめた映画の中では、出会った人々の優しさにスポットライトを当てています。
逆に、描いたトラブルの多くは、自分たちのケンカ。そりゃそうでしょ。だって、アユミはそもそも内にこもるタイプなんですから。無謀とも言える過酷な旅に出て、感動しては、後悔しての繰り返し。ふたりは何度も何度もケンカします。
「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」じゃないけど、本来なら、知らないカップルのバイク旅に関心なんて持たないはず。でも、このふたりは規模が違う。その世界を股にかけた大きなリアルと、痴話喧嘩(失礼!)という小さなリアルの対比に、目が離せないんだと思います。
そして、旅の終わりから数年。アユミの子どもの姿が映ります。
破局?それとも?
頼むから父親はナメさんであってと祈る自分がいました(笑)。ふたりの別の旅の結末は果たして?★3つ。
『タンデム・ロード』公式サイト
『ラ・コシーナ 厨房』は、NYにあるレストランの厨房が舞台の人間ドラマ。
メキシコから不法入国でアメリカにやってきたエステラは、親族であるペドロを頼ってNYへ。
言葉もまったく通じない大都会で、ペドロが中堅シェフとして働くレストラン、“ザ・グリル”を探します。
なんとか店に辿り着いたエステラは、偶然がいくつも重なり、運よくウエイトレスの仕事を得ることに。
そこは巨大な観光客向けレストラン。白人オーナーのもとで働く料理人もウエイトレスも、すべてが移民や訳ありの貧しい人々。職があるだけ幸せという劣悪な環境で頑張っていたのです。
そんなある日のこと、レジの金額が合わなくなります。800ドルが足りないというのです。
疑いの目は、“ザ・グリル”で働くすべての従業員に向けられます。
犯人探しが始まり、誰もが疑心暗鬼になる厨房内。ピリピリとした空気の中、小さなトラブルがきっかけで、それぞれの持つ不満が、堰をきったように爆発したのでした…。
監督・脚本はメキシコ生まれのアロンソ・ルイスパラシオス。
普通、料理が重要な要素となる映画では、色鮮やかに皿の上を描き出すのが当たり前ですが、この映画はモノクロ作品。
つまり、主役は料理ではないということなんだなと。
10代とおぼしきエステラが、重大な決断をしてNYに来たであろうシーンから始まりますが、このエステラも主役ではありません。
物語の中心には、ペドロと、恋人でウエイトレスのジュリアがいますが、そのふたりの関係さえも脇役のように感じるはず。
そう、“カオス=混沌”こそが主役なんだと思います。
60秒の予告編の最後に、「この厨房こそが、世界の縮図」という文字が流れますが、この“世界”というのは、アメリカ人以外のアメリカ在住の人々にとってのアメリカ。メキシコ人監督の目線で描いた“世界”なのでしょう。
人種の坩堝(るつぼ)。ミニマムに凝縮された“世界”。それが“ザ・グリル”厨房なのです。
ハーバード大学の留学生問題などが取り沙汰されている今、これまたタイムリーな1本と言えるかもしれません。★3つ。
『ラ・コシーナ 厨房』公式サイト
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